名古屋地方裁判所 昭和33年(行)11号 判決 1960年8月16日
一宮市大字大赤見二千八百七十四番地
原告
株式会社 仲島鉄工所
右代表者代表取締役
仲島甚一
右訴訟代理人弁護士
高橋二郎
名古屋市中区南外堀町六の一
被告
名古屋国税局長
上田克郎
右指定代理人法務事務官
林倫正
同
同 鈴木伝治
同
同 加藤利一
同
同 竹内弘
同
大蔵事務官 天池武文
同
同 伊藤明
右当事者間の昭和三三年(行)第一一号審査決定取消変更請求訴訟事件について、次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告が昭和三二年一二月二〇日附をもつてなした原告の第一期事業年度(昭和二七年七月一日より昭和二八年六月三〇日まで)の法人税再調査決定に対する審査請求に対する決定は第一期事業年度の所得金額につき金六一万六、一〇〇円を超える部分、昭和三三年一二月二九日附をもつてなした原告の第二期事業年度(昭和二八年七月一日より昭和二九年六月三〇日まで)の法人税再調査決定に対する審査請求決定に対する決定は第二期事業年度の所得金額につき金三三万二、九〇〇円を超える部分はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、
一、原告はその代表者仲島甚一の個人営業を改組して昭和二七年七月一日設立せる株式会社で、訴外一宮税務署長に対し、第一期事業年度(昭和二七年七月一日より昭和二八年六月三〇日まで)および第二期事業年度(昭和二八年七月一日より昭和二九年六月三〇日まで)の法人税の所得金額を零として申告したが、訴外一宮税務署長は昭和二九年二月二八日第一期事業年度の所得金額を金六一万六、一〇〇円、昭和二九年一二月三一日第二期事業年度の所得金額につき金三二万四、九〇〇円と夫々更正決定をなしてきたので、原告は止むなくこれを承認し、右決定は確定するに至つた。
二、ところが訴外一宮税務署長は昭和三二年三月二〇日第一期事業年度の所得金額を金九六万六、一〇〇円と再更正決定をなし、また第二期事業年度の所得金額につき昭和三二年三月二〇日金五八万二、九〇〇円と再更正決定を、次いで昭和三二年八月二四日金一三八万二、九〇〇円と再更正決定をなした。
三、これらに対し原告は一宮税務署長に夫れ夫れ再調査の請求をなしたが、いずれもこれを棄却されたので、被告に対し各審査の請求に及んだが、第一期事業年度につき、昭和三二年一二月二〇日附第二期事業年度につき、昭和三三年一二月二九日附をもつてこれが審査請求を棄却された。
四、しかしながら被告のなした処分は、次の理由により違法である即ち被告は訴外一宮税務署長が原告の右第一、第二期事業年度の所得金額を右の如く再更正決定並びに再々更正決定をなしたのは、原告が第一期事業年度に金三五万円、第二期事業年度に合計金一一〇万円の借入金ありとの原告の申告を否認し、これを原告の所得に加算したものであるが、右借入金は何等架空のものではなく訴外仲島甚一より真実借入れたものである。そもそも原告は前記の如くもと訴外仲島甚一の個人営業であつたのを昭和二七年七月一日株式会社組織に改組し、その代表取締役を同訴外人と定めて発足したものであるが、個人営業当時の売掛金、買掛金等の残があつたので、これを整理のうえ、本来営業譲渡の方法によるべきを、経理の失態より借受けの形式をとつたものである。法人税務の実例として代表者よりの借入金を否認して所得に加算する例はあるが、これはその借入が法人の売上を洩らし或は架空の仕入を作り代表者の個人的収入にしてから法人へ貸付けたという場合であり、原告にはかかる事実は全然なかつた。売上洩れ架空仕入等があり借入金の額に達しない場合でも多少の推定はやむを得ないが、これらの事実がないのにかかわらず売上洩や架空仕入等があるだろうと何等の証拠に基づかず推定することは不法である。きくところによれば、訴外仲島甚一の個人営業当時に同人の所得金額の決定が少なすぎたから、原告に対しその寡少部分を課税するとのことであるがかようなことは個人と法人たる原告が別人格であることを無視した違法な処置である。
五、よつて、原告の所得金額は一宮税務署の初めの更正決定のとおり、第一期事業年度につき金六一万六、一〇〇円、第二期事業年度につき同決定額以上の金三三万二、九〇〇円であるから、被告の審査棄却決定のうち右金額を超える部分は違法であるので、その部分の取消を求めるため本訴請求に及ぶ、と述べ、
証拠として、甲第一号証の一乃至八を提出し、原告代表者本人訊問の結果を援用し、乙第三乃至第五号証の成立は不知と述べ、その余の乙号証の成立を認めた。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求の原因たる事実中一乃至三の各事実を認め、四、五の各事実を否認し、
一、訴外一宮税務署長は原告の第一期事業年度の所得金額を原告主張のとおり当初金六一万六、一〇〇円と決定したが、その後の調査により原告が昭和二八年一月三〇日訴外森木材株式会社より金三五万円の借入金ありとの申告が架空はものであることが判明したので、これを否認して、所得に加算し、同期の所得金額を金九六万六、一〇〇円と再更正決定をなし、また原告の第二期事業年度の所得金額を原告主張のとおり当初金三二万四、九〇〇円と決定したが、その後の調査により原告が昭和二八年一二月二二日訴外小川勝より金一〇万円、昭和二九年六月一日訴外松下秋美より金二〇万円の借入金ありとの申告が架空のものであることが判明したので、これを否認して所得に加算し、第二期事業年度の所得金額を金五八万二、九〇〇円と再更正決定をなしたが、その後更に原告が同期において訴外田中正人より昭和二九年一月二八日金三〇万円、同年二月二三日金一〇万円、同年三月一五日金五万円、および訴外波多野昌決より昭和二八年九月一六日金一〇万円、訴外大野太郎より昭和二八年九月三〇日金二五万円の合計金八〇万円を借入れたる旨計上申告しているが、これらはいずれも架空なものであることが明らかになつたので、これを否認して、所得に加算し原告の同期の所得金額を金一三八万二、九〇〇円と再再更正決定をなしたものである。
二、原告は右の処分に対しいずれも再調査の請求をなし棄却されるや被告に対し審査の請求に及んだが、ここにおいて前言を翻えし、右の各借入金はいずれも前記訴外人等からの借入金ではなく、同人等の名義を仮装して、実は原告の代表取締役たる訴外仲島甚一個人より借受けたものであると主張するに至つたが調査によるも、かかる事実を認め難く、原告よりもこの点の資料を提出しなかつたので、原告の主張態度より右借入金はいずれも架空のものと認めて、夫々審査請求を棄却したものである。従つて被告の処分に何等の違法も存しない。と述べ、
証拠として乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三乃至第十四号証、第十五号証の一、二、第十六、第十七号証、第十八号証の一、二、第十九乃至第三十号証を提出し、証人落合博之の証言を援用し、甲第一号証の一乃至八の成立を認めた。
理由
原告主張の請求の原因たる事実中、一乃至三の点並に訴外一宮税務署長が原告の右第一期事業年度につき原告の申告にかかる金三五万円、第二期事業年度につき前同合計金一一〇万円の借入金の事実を架空なるものとして否認して右各更正決定をなし、被告においてこれを是認支持したものであることは当事者間に争のないところである。
然るに成立に争なき甲第一号証の一乃至八並に原告代表者訊問の結果中、原告がその代表者仲島甚一より真実右各金員の借入をなした旨の原告の主張に副う部分は証人落合博之の証言に対比して措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はなく、却って前記認定の事実に成立に争なき乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第六乃至第十四号証、第五号証の一、二、第十六、第十七号証、第十八号証の一、二、第十九乃至第三十号証及び右証言により真正に成立したものと認められる乙第三乃至第五号証を綜合すれば、原告は訴外一宮税務署長に対する法人税額の申告に際し、当初第一期事業年度に訴外森木材株式会社より金三五万円、第二期事業年度につき訴外小川勝より金一〇万円、同松下秋美より金二〇万円、同田中正人より合計金四五万円、同波多野昌次より金一〇万円、同大野太郎より金二五万円の各借人金ありと主張し、訴外一宮税務署長の再調査に対しても前記各貸付人作成名義で原告に対し融資をなした旨を記載した上申書及び貸金証明書を提出し、或は右融資先の住所、氏名と原告との関係を記載した書面を差出してその主張する借人金を証明しようと努め、果には債権者として小川順三外二名を挙げて、借人金の有無の調査を求める等幾度か税務当局を奔命に疲れさせたるもいずれもその効を見ざるや、原告は前言を翻えしてここに初めて第一、第二期事業年度の借人金は原告会社代表者たる訴外仲島甚一より借人れたものであると主張することとなったのであるが、かかる経過の許に原告より審査請求をうけた被告は原告の取引先銀行たる訴外東海銀行一宮支店等で調査をなしたが、原告の右主張を裏付ける資料もなく、原告に対し借受け事実を証する資料の提出を求めたが、確たる証拠も提出しなかったため原告主張の右仲島甚一よりの借人の事実も架空のものと認めざるを得ずしてこれを否定し、前記の如く各審査請求を棄却した経過が躍如として認められ、叙上経緯に徴するとかのイソップ物語の、狼が出たといつては幾度も大人を騙して喜んでいた少年が最後に本当に狼がでたときに大人に信用せられず、遂に狼に咬み殺された場合にも増して原告にはその最後の真実すら存在していないものと断ずるの外はない。
原告は右借人金を否認して、その金額を原告の所得に加算するにはそれが原告の売上洩或は架空の仕入等により原告の計算から除外され、仲島甚一の個人収入とした後再び原告の借入金とした事実が証明されねばならないと主張するが、借入金のごとき所得算定上の消極的事由が否定される以上他に特段の事情の主張立証なき限りその否定せられた金額だけ所得額が加算されることは収支計算上当然であるので原告の右主張は採り得ないところであり又原告の代表者個人の営業に対する過少課税額を原告に対する右金額の課税により埋合わせるが如き事実を認むるに足るべき証拠もない。
以上のとおり被告のなした右各審査決定には原告所説の如き何等違法な点を見出し得ず全部正当にしてこれが一部取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小沢三郎 裁判官 鈴木雄八郎 裁判官 南新吾)